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花傘お披露目 北野天満宮 瑞饋祭還御祭(おいでまつり)

御旅所に神幸された神輿
御旅所に神幸された神輿

 

10月4日(金)、令和最初の北野天満宮(京都市上京区)のずいき祭還御祭が行われました。

これは10月1日に、北野天満宮のご本社を神様の乗られた御鳳輦が出発して、御旅所(京都市中京区西大路上ノ下立売西入ル)に遷御し、御旅所ではずいき神輿とともに並びました。

 

北野天満宮瑞饋祭神幸祭 参照

ずいき神輿 参照

 

3日間御旅所で過ごされたご神霊は、4日ご本社に、再び氏子地を巡って還御します。

あわせて1日、御旅所に飾られたずいき神輿も、ところどころご鳳輦の行列と交差しながら、上七軒、北野天満宮東門前を通り再び御旅所へ巡幸します。

 

このずいき祭の還幸祭は特に、菅原道真公が大宰府で亡くなられ、御霊となって京の都に戻られた時、北野の地(現在の北野天満宮)に鎮座されたご由緒により「おいでまつり」とも呼ばれています。

 

 

 

 

現在、北野天満宮で8月4日に「北野祭」の例大祭がご本殿で行われていますが、平安時代、一條天皇によって勅祭とされました。現在、賀茂祭(葵祭)や石清水祭(石清水八幡宮)、春日祭(春日大社)も同様に勅祭です。

北野天満宮の「北野祭」は応仁の乱で途絶えたりしましたが、現在、北野天満宮と、平安時代よりの古儀を復興するべく集まった有志で結成された「北野祭神輿会」「北野祭保存会」によって(現在北野天満宮氏子講社の一員)復興の努力を重ねられています。そして今年、生花で飾り付けた「花傘」を、「北野祭禮図絵巻」をもとに制作し、西陣織や刺繍を施し、雅な風情を再現させました。(幅3m、高さ4m)

瑞饋祭の渡御列巡行への花傘供奉し、4日の還幸祭の帰路、花街・上七軒で”エイサヨイ”の掛け声で傘を持ち上げ、「花傘お披露目」が行われ、天満宮東門より宮入しました。

 

 

 

北野天満天神はいかにしてかつて疫病を蔓延させて「追いやらわれる」疫神から、そこへ留まって都市住民に加護を与える神へと変化していったのでしょう!?

当初荒ぶる神として恐れられた菅公、怨霊としての御霊、そして疫病を蔓延させる行疫神としての一面があったのは確かなことですが、逆に丁寧に祀れば、疫病から人を守って加護、救済する神として、大変功徳のある守護神になってくださるのだといえます。

 

北野祭保存会では令和9年の半萬燈祭までに復興を目指されています。

ご自分のあった参加が可能です。今年度の花傘お披露目は終わりましたが平安の昔から伝わる祭礼復興の一員としてご奉仕してみませんか?

お問い合わせは、北野祭保存会 井上経和会長さん ℡090(5906)3033